【第98回日本産業衛生学会:登壇レポート】当事者の「経験と知恵」に学ぶ、メンタル不調からの就労継続の鍵

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2025年5月、宮城県の仙台国際センターで開催された「第98回日本産業衛生学会」。

産業保健専門家が一堂に会し、「持続可能でよりよい世界を目指す産業保健」というメインテーマのもと、活発な議論が交わされる、年に一度の学術集会です。

本学会にて、株式会社リヴァは「就労継続の鍵 メンタル疾患当事者の経験と知恵」と題したランチョンセミナーに登壇しました。

登壇したのは、弊社代表の伊藤、そして当事者としての経験に加え、支援者としての専門性も有する二名の社員です。

彼らが自身の言葉で語った、リアルな経験と、そこから得た「働き続けるための知恵」とは、どのようなものだったのでしょうか。以下に、その発表内容を抜粋してご紹介します。

長谷川 亮(株式会社リヴァ/公認心理師)

前職で適応障害の診断を受け、再発による二度の休職を経験した後、復職支援サービス「リヴァトレ」を利用。その後、株式会社リヴァに入社し、現在まで約12年勤続している。

リヴァトレ支援員としてキャリアをスタートした後、リヴァトレセンター長やサービス管理責任者を歴任。書籍「メンタル不調者のための 脱うつ 書くだけ30日ワーク」の執筆や後進育成(スーパービジョン)にも尽力。

松浦 秀俊(株式会社リヴァ/公認心理師・精神保健福祉士)

20代でうつ病の診断を受け、後に双極症Ⅱ型と診断が変更。復職支援サービス「リヴァトレ」を第1号利用者として経験した後、株式会社リヴァに入社。

リヴァトレ支援員、サービス管理責任者を経て、双極症当事者向けWebメディア「双極はたらくラボ」を運営。書籍「ちょっとのコツでうまくいく! 躁うつの波と付き合いながら働く方法」も執筆する。2025年1月には、気分の波に悩む方に特化した就労移行支援事業所「双極はたらくチャレンジ」を東京に開設し、その運営を通じて新たな当事者支援の形を追求。

適応障害の再発による、プレゼンティズム・アブセンティズムを防ぐ|長谷川 亮【一部抜粋】

※プレゼンティズム:出勤はしているものの、心身の健康問題により、業務の生産性が低下している状態

※アブセンティズム:心身の健康問題が原因で、仕事を休業・欠勤している状態

診断から休職、リワーク利用まで。実体験の振り返り

まずは、適応障害の当事者として、私の経験をお話しさせていただきます。発症の経緯やこれまでのキャリアなどは以下の通りです。

2度目の休職期間に、私はリヴァトレを利用し、初めて自分自身と向き合うことになります。利用を通じて得られたことは、大きく分けて3つです。

①メンタル不調の仕組みの理解と、ストレス対処法の実践

  • プログラムを通じて、ストレス要因を徹底的に内省。「仕事をひとりで抱え込んでしまって思うように進まないこと」「評価されていない自分に耐えられなかったこと」と特定。
  • 対策として「一人で抱え込まずに積極的に相談すること」を重視し、復帰後に実践できるように、リヴァトレ内で「忙しそうな人に、あえて手伝いを頼んでみる」などといった行動実験を繰り返す
  • ストレス対処法として、ランニングなども取り入れた

②「自分の考えを持っていい」という自己肯定感

  • 前職で求められる成果を出せず、評価されなかったことで自分に自信が持てない状態だった
  • 「ダイアログ」という利用者同士の対話プログラムや「アサーション」という自他尊重のコミュニケーションスキルの学習を通して、「他者と異なる考えを持っていても良いこと」、「自分の考えを持って、伝えていいんだ」と思えた

③疲労しづらい身体健康の維持、一緒に取り組む仲間

  • 定期的な通所が生活リズムを整えるうえで役立った
  • ランニングやフットサルなどの運動に通所仲間と取り組み、習慣化することで疲れにくい身体に変化

 

復職・再々休職を経て気づいた、適応障害の再発予防に必要なこと

リヴァトレを卒業した後、前職に復職するのですが、実は約2ヶ月ほどで再休職に至ります。

ストレス対処やコミュニケーション面では、リワークで取り組んだ経験を活かし、復職後の職場でも実践ができました。メンタルが揺れる場面はありましたが、心の変化を察知して早めに回復に努めることができました。

しかし、復帰後は「定められた成果を出すこと」の優先順位が最優先だったにも関わらず、その成果を出すことができませんでした。振り返ると、当時は成果を出すことへの認識が甘く、リワークでの取り組み方も不十分だったと反省しています。

一方で、業務や職場を起因とした適応障害の克服にあたっては、職場環境に戻ってから改めて本人が課題を実感するケースも少なくないと感じました。当事者の視点としては、体調やメンタル面を大きく崩していなければ、ある程度の期間を持って(3~6ヶ月程度)復職可否について判断いただきたい、と思います。

また、職場でパフォーマンスを発揮することができるように成長させるために、本人・職場・主治医・リワークの四者が連携できると望ましいです。


当事者として、また支援者としての経験を振り返り、四者に求められる役割は、以下のように考えます。

本人

  • 健康な心身への回復と維持
  • 適応不全場面の振り返りと具体的な対策
  • 適応不全場面を想定した実践練習(リワーク活用を推奨)

主治医

  • 服薬調整を含む治療
  • 再発予防の重要性の伝達、リワーク利用の推奨
  • 特性や改善困難な症状の見立てを、本人と職場に共有

職場(人事・保健スタッフ・上司)

  • 業務遂行上の適応不全点を本人に明確に、かつ具体的に伝達
  • 休職中に適応準備を指示。復職前に準備内容の確認とフィードバック
  • 本人が希望する職場へのサポート要望があれば、その対応可否
  • 復職後、最低3~6ヶ月程度の期間をとって業務パフォーマンスと適応力の見極め

リワーク(支援機関)

  • 本人と職場の仲介。本人と職場双方の視点・認識を確認
  • 復職後の環境変化を考慮した適応力向上のサポート
  • 復職後の職場を巻き込んだ定着サポート

自分を理解して具体的な対策を立てることと同時に、周囲としっかりと連携し、サポートし合える環境を築くことが、働き続ける上で何より重要だと感じています。

躁うつの波と付き合いながら働く方法|松浦 秀俊【一部抜粋】

診断変更、繰り返す退職。気分の波に翻弄された、実体験の振り返り

ここからは双極症の当事者である私、松浦が、これまでの経験と現在の取り組みについてお話しします。
発症から現在までの経緯は以下のとおりです。

双極症による気分の波は、仕事に大きな影響を与えます。私の経験から、具体的な例をお話しします。

軽躁状態の時

  • 上司への高圧的な態度(チャットで一方的に長文を送るなど)
  • 衝動的な行動(無計画な退職、先行きを考えない独立)
  • 会議等での一方的な会話
  • 働きすぎによる燃え尽き
  • アイデア過多 

うつ状態の時

  • 集中力や判断力、意欲の低下
  • 自己嫌悪
  • 起床困難、過眠欠勤
  • 休職、唐突な退職、引きこもり、希死念慮


私がなぜここまで気分の波に翻弄されたのか。振り返ると、双極症の悪化にはいくつかの要因がありました。

  • 軽躁状態を「ベストな自分」だと誤解していたこと
  • 「働く=その日の力を出し切る」という、極端な仕事観
  • 人に依頼するのが苦手で、業務を抱え込む

 

上記のような悪化の要因をリワーク「リヴァトレ」の利用をきっかけに理解し、気分の波と付き合うための具体的な対策を立てていきました。

 

双極症の波と「付き合う」ための具体的な工夫

現在は、「病気を直す」のではなく「気分の波と付き合うこと」を意識しています。気分の波をコントロールするために、私が実践していることをご紹介します。

①可視化を通じた自己理解

どうしても感覚に頼りがちなため、「見える化」を徹底し、客観的に自分を把握することを重視しています。

  • ライフチャートの活用: 発症から現在までの気分の浮き沈みと、その時々の出来事を書き出し、自身の波のパターン(例:上がれば下がる、下がれば上がる)や、波が徐々に穏やかになっているかなどの全体像を客観視
  • スマートウォッチによる自動記録: 活動量(私の場合、軽躁時は1万5千歩超、うつ時は数百歩)や睡眠時間(軽躁時は6時間未満、うつ時は8時間超)を自動で記録。手書きが苦手でも、客観的な数値データで自身の状態を把握可能に
  • 独自の気分スコア記録: 日々の気分を数値化して記録し、状態の変化をより細かく追跡

②双極トリセツの作成と実践(症状の特徴・対処法をまとめたマニュアル)

自身の状態に応じて現れやすい傾向と、その具体的な対処法を言語化し、マニュアルとしてまとめています。

  • 症状に応じた対処法の明確化: 例えば、イライラしやすい時には、リヴァトレで学んだアサーション(自他尊重のコミュニケーション)を意識。相手の思いを汲みつつ自分の要望を伝える練習も
  • 孤立を防ぐための工夫: 孤独を感じやすいため、相談できる相手を社内外に複数持ち、精神的な負担を分散させることを意識
  • 予防的な休息「攻めの有休」: 不調に陥る前に、自分のために計画的に有給休暇を取得し、心身のバランスを保つ
  • うつ状態での具体的な行動戦略: 朝起きた時に考え込んで動けなくならないよう、行動をルーティン化。集中できない時は無理せず、上司に相談して他のスタッフに業務をお願いし、自分は進行役など遂行可能な役割に集中できるよう業務の切り分けを提案

③波と向き合う認知をシフト

完璧を目指さず、自身の状態や周囲との関わり方に対する認知(捉え方)や価値観を柔軟に転換させることが、波と長く付き合う上で重要です。

  • 「ちょいうつ」の受容:「クリアな状態」はむしろ(軽躁の)サインと捉え、「ちょいうつ」で少し抑えられた状態こそが平常運転だと受容
  • 人間関係の捉え方:「広げる」から「質を深める」へ:気分に左右された関係の断絶を繰り返した末、いたずらに「広げる」のではなく「狭く長く」本質的な関係を重視する価値観へ
  • 「パーソナルリカバリー」という視点の獲得:学会での出会いを機に「パーソナルリカバリー」(自分らしい生き方のプロセスを重視する回復観)を知り、自身の生き方・働き方に導入

④一人で抱えず、サポートを活用する

孤立せず、利用できるサポートは積極的に活用することが、波と付き合いながら働き続ける上で不可欠です。

  • 周囲(職場・家族など)の力を借りる: 一人で抱え込まず、職場のチームメンバーや上司、信頼できる家族や友人・同僚などに積極的に頼る。悩みを安心して共有できる環境や、チームで働くという意識が大きな助けに。
  • 医療機関との継続的な連携: 主治医との良好な関係を築き、日々の状態や服薬について継続的に相談。二人三脚で治療に取り組む。
  • 当事者同士の繋がりの力: 同じ経験を持つ人々との出会いや交流は、自分自身と深く向き合い、互いに支え合う大きなきっかけに。

 

そして何より、これまでの経験を活かし、メディア「双極はたらくラボ」や、就労移行支援事業所「双極はたらくチャレンジ」を運営することは、私にとって仕事であり、治療の一部でもある「ライフワーク」です。これが、気分の波と付き合いながら働き続ける上での大きな力となっています。

私の目標は、双極症の人が自分らしく働ける社会を実現すること。

かつて私自身が自分らしく働けなかった経験と、素晴らしい能力を持つ多くの方々が波に翻弄され、その力を活かせずにいる現状を原動力に、実現に向けて取り組みを進めていきます。

学会参加を振り返って

長谷川と松浦、二人の発表は、疾患名は異なれど、メンタル不調と共に働き続けるためには、① 深い自己理解に基づいたセルフケア② 具体的な対処スキルの習得と実践③ 孤立せず周囲のサポートを活用すること、が共通して極めて重要であることを伝えていました。

今回の学会発表が、メンタル不調からの就労継続という共通の課題に対し、多くの企業様、医療機関様、その他支援機関の皆様と共に、当事者の皆様の声を最大限に尊重した、より実効性のある連携体制を構築していくための一助となることを心より願っております。

そして株式会社リヴァでは、こうした当事者の貴重な「経験と知恵」を、以下のような取り組みへと繋げ、全ての働く人がその人らしく能力を発揮できる環境づくりを具体的にサポートしてまいります。

  • これまでの人生を振り返り、現在の課題と向き合うことを通じて、今後の人生を再設計し、自分らしい生き方へ一歩踏み出すためのプログラム
  • 本人・主治医・職場・リワークの四者連携を推進し、医療機関や職場とのスムーズな連携をサポート
  • 企業のための復職支援サービスの展開
  • 企業向けの休職予防プログラム充実、およびリワークの効果・活用方法の認知向上


当事者の方の社会復帰、関係者の皆様の職場作りに際して、お困りのことがございましたら、気軽にご相談ください。

■当事者の皆様はこちら

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この記事を書いた人
藤賀樹

株式会社リヴァ ブランディング部

2000年東京都生まれ。休学を経て早稲田大学を卒業後、25卒として(株)リヴァへ入社。ブランディング部にてインタビュー記事作成や動画編集など、主にコンテンツ制作に携わる。

好きな瞬間は「モヤモヤすることの背景をうまく言葉にできたとき」。

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