【うつ体験談】理解されなかった「うつ病」。10年間の引きこもり生活を変えた転機とは -50代男性

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【うつ体験談】理解されなかった「うつ病」。10年間の引きこもり生活を変えた転機とは -50代男性①

長距離通勤と長時間勤務がストレスに 
人間関係も悪化して「うつ病」を発症

【うつ体験談】理解されなかった「うつ病」。10年間の引きこもり生活を変えた転機とは -50代男性②

大学生の頃の私は特にやりたいこともなく、早く内定が出たという理由で、大学の職員になりました。学校事務として採用されたのですが、配属先は意外にも大学病院で、医療事務に従事することに。専門学校で医療事務を学んできた同期たちの中で、全く知識のない私はかなり苦労をしました。怒られてばかりだったので、仕事は辛かったです。

2年ほど経つと、同僚が次々と転職をするようになりました。このまま働き続けるのかどうか悩んでいた時に、派遣会社に登録して医療事務に従事できると知り、転職をすることに。その後、派遣社員として病院や薬局を転々としていましたが、10年ほど経った頃に体調を大きく崩してしまいます。

当時、調剤薬局に勤めていたのですが、契約更新のタイミングで病院勤務を打診されました。病院での事務経験が長かった私は、この機会を逃すまいと意気込み、面接では背伸びをして、できないことも「できる」と言ってしまったんです。その結果、働き始めると綻びが出てきて、「話が違う」と責められるように。スキルが足りないと評価されたのか、数か月後には、自宅から片道2時間かかる郊外の病院への異動を打診され、しぶしぶ承諾しました。

異動を機に生活は一変。朝5時に起きて出勤し、22時過ぎに退社するという生活が続きました。仕事は忙しく、疲れが溜まっていき、職場の人間関係にも支障が出始めます。他人の些細なミスを指摘して執拗に追い詰めたり、「同じ派遣社員でも、自分は違うんだ」と見せつけたい気持ちが膨らみ、人の仕事を奪ったり。

その代償として、私が少しでもミスをすると同僚から「言うほどのことないね」と露骨に嫌味を言われてしまい、カチンときて口論になることもありました。しかし、この頃の私は「30代後半になって、仕事にこだわりを持てるようになったのかな」と良いように捉えていたので、怒ってばかりの自分の言動を省みたりはしませんでした。

そんな生活を続けていたところ、昼休みに職場で一人になると、自然と涙が出るようになったんです。なんとか気持ちを落ち着けようと、吸ったこともないたばこに手を出し、お金を浪費するようになっていきました。気分の浮き沈みが日に日に激しくなり、異動から半年ほどで限界を感じ、退職を決意。その後、胃の病気で通っていた内科の先生から心療内科を紹介され、「うつ病」と診断されました。「これでしばらく誰にも文句を言われずに休める」と、心なしかほっとしたことを覚えています。

誰にも理解してもらえない「寂しさ」 
10年に及んだ家にこもりきりの生活

【うつ体験談】理解されなかった「うつ病」。10年間の引きこもり生活を変えた転機とは -50代男性③

療養中に悩んだのは、主治医との相性の悪さです。話を聞いてもらえずイライラしたり、話すことを準備して行っても取り合ってもらえずに落ち込んだり。そんな状態がしばらく続き、いつしか「病院は薬をもらいに行くだけの場所だ」と割り切るようになってしまいました。紹介してくれた内科の先生を信頼していたので、病院を変えるのが申し訳なく、何より「この病気は自分で何とかするべきもので、医師にこだわる必要はない」と思っていたこともあって、転院は考えませんでした。

家族からも理解を得られず、特に父親は「精神疾患は弱い人間がなるものだ」と決めつけていて。私がうつ病のことを話すたびに喧嘩になるので、次第に会話は減っていきました。

診断を受けた年の暮れに、毎年恒例の温泉旅行へ出掛けたのですが、昨年との自分の状況の違いに気づき、ショックを受けました。これまでは夕方になると「明日から仕事か、やだなあ」、「職場にお土産を買っていかなきゃ」と仕事や職場のことを考えていたのですが、この時は「何をしに来たんだろう」、「帰ったら家でゴロゴロする日常に戻るのか」と急に虚しさや不安に襲われて。部屋からきれいな夕日を見て、ボロボロ泣いたことは今でも忘れられません。

そこからの約10年間は、2週間に1度の通院以外、ほとんど部屋にこもる生活を送りました。朝起きると、「自分は体調が悪いのに、朝日が出ていやがる」、「みんなは元気に会社に行っていやがる」と無性に腹が立ってきて、外に出かけるどころか、カーテンを開けるのも嫌でしたね。いくら寝ても眠気が取れず、横になっているとめまいが頻発するようになり、数日間起き上がれないことも。併発していたパニック障害の発作の回数も増えました。

当時の日記を読み返すと「就活をちゃんとすればよかった」、「引きこもったままじゃいけないけど、今更どうしたらいいか分からない」と小さな字で書き殴られているんです。それから約2年後のページでは、「就職氷河期なのに、履歴書にブランクがあるやつを誰が相手してくれるんだ」とあります。社会に出ることを諦めていたんですね。

時々、「働いてお金が手に入れば、また本を買ったり、旅行したりもできるだろう」と自分を励ますものの、すぐに「そんなことできるはずない」と、否定の言葉で蓋をしてしまう。書くことで行動できない自分を肯定できるので、日記が唯一の本音を綴れる居場所のような感覚でした。

長いトンネルから抜け出す 
きっかけとなった「新たな居場所」

【うつ体験談】理解されなかった「うつ病」。10年間の引きこもり生活を変えた転機とは -50代男性④

家にこもりきりの生活を変える転機は、突然訪れました。「新潟県中越地震から10年が経過した」というニュースの中で、震災当時に勤めていた病院のテレビで見たのと同じ映像が放映されていたのです。その瞬間に「あれから10年も経ってしまったのか」と月日の流れを痛感しました。

これまでは、「働いていた頃の自分と家にこもっている自分は別人」という感覚だったのですが、映像を見たことで両者が一つに繋がり、生き返ったような気持ちになったのです。

「このままではいかん」と、いても立ってもいられなくなって、区の福祉センターへ相談に行きました。一人で悶々と考えることに疲れていたこともあり、この時は「何も考えずに言われた通りにやってみる」と心に決めて飛び込みました。そして、相談員の方に勧められたのが「リヴァトレ」でした。

リヴァトレを利用し始めた頃は1週間に1回、半日通うだけでも疲れてしまって、次の日は寝込むほど。久しぶりに人と会話したことで腹筋が痛くなったことには驚きました。

特に苦労したことの一つは、パソコンの操作です。初めは電源の入れ方すら分かりませんでした。でも、プログラムや日報を記入する際に使わなくてはならないので、生まれてはじめてパソコンを購入したんです。結果として、午前中は家で操作を練習する習慣が身に付き、生活リズムを整えることにも繋がりました。

リヴァトレに通い始めたことで、これまでの生活から抜け出せたのはもちろんですが、居場所ができたことが一番嬉しかったですね。

就活に対する本音を打ち明け、
完璧でない自分も許せるように

【うつ体験談】理解されなかった「うつ病」。10年間の引きこもり生活を変えた転機とは -50代男性⑤

数か月後、プログラムを一通り受け終わり、就職に向けて自分から動きだすべき時期だと思うようになりました。正直あまり前向きになれなかったのですが、「社会復帰するためにリヴァトレに通っているのだから・・」と自分に言い聞かせ、就職活動に取り掛かりました。

手始めに一般の就活セミナーに参加したのですが、「あなたの年齢や経歴を考えると、歳の数だけ履歴書を書いて提出するくらいしないといけない」、「10年もブランクがあるのだから、その期間に頑張ったことをアピールしないと採用されない」という思いがけない現実を突きつけられました。あまりのショックから「元の引きこもり生活に戻ってもいいかな…」と思うようになり、リヴァトレも休みがちに。

ただ、欠席する際も連絡だけは必ずするようにしていました。無断で休むことは社会人として恥ずかしいことだと考えていましたし、こうした意識を取り戻せたことが、通所で得られたことの一つだと思います。

また、欠席の電話をするからには、多少なりとも理由を説明して納得してもらわなくてはいけません。そのために、自分の置かれている状況や不安と向き合うので、今まで言えなかった本音も少しずつ伝えられるようになりました。

そしてある日、思っていることを全て書面にして、担当のスタッフさんに渡したんです。「本当は働かずに誰もいないところで一人で暮らしたい。でも、この考えは非現実的であるし、こういう気持ちは隠して就活をしなきゃいけないことも分かっている。だから就活を始めるけど、100%のやる気を出して頑張るということではない」というような内容だったと思います。

書面に対して明確な返事をいただいたわけではないですが、渡せただけで十分でした。「自分の本当の気持ちを表に出せた」と思えて、すっきりしたのです。この出来事がターニングポイントとなり、肩の力を抜いて就職活動に取り組めるようになりました。

それからは「完璧でなくていいや」と思えるようにもなりました。例えば、スタッフさんに履歴書を確認してもらうにしても、以前は完全に仕上がらないと見せられなかったのですが、作成の途中でも提出できるようになったんです。

また、スタッフさんからは「漢字が減って、言葉遣いが優しくなりましたね」と言われました。これまでは限られた文字数の中に少しでも多くのメッセージを込めるために難しい熟語を使っていたのですが、考え方が変化するにつれて、表現も柔らかくなったのかもしれません。

話を聞いてもらうことで気付ける 
「自分の正直な気持ち」

【うつ体験談】理解されなかった「うつ病」。10年間の引きこもり生活を変えた転機とは -50代男性⑥

その後、とある会社で総務のサポートをする仕事に就き、2年ほどが経ちました。再び働くことができたことに加え、毎日通う場所があること、そしてもらったお給料を自由に好きなように使えることを、とても幸せだと感じています。

一方で「よい仕事をして褒めてもらおう」といったふうに、仕事に対して欲が出ることは体調を崩す予兆だと自覚しています。また、仕事を「自由に遊ぶための手段」と割り切ることで気持ちも楽にもなりました。

現在はリヴァトレの就労定着支援サービスも活用しています。仕事の話を聞いてもらったり、状態を確認する質問をしてもらったりすることにより、その時々の自分の気持ちに気づき、向き合えるので、月1回の面談の時間を大事にしています。

また、昨年は久しぶりに温泉旅行へ行きました。「また来られてよかった」とほっとしましたし、今までの旅行で一番というくらい、ゆったりとした良い時間を過ごすことができ、感慨深かったですね。

かつての私のように引きこもっている人には、「外に出て誰かに相談した方がいい」と伝えたいですが、聞き入れてもらうのは難しいかもしれません。5年前の私に言っても、「そんなこと分かってるよ、ほっといてくれ」って突っぱねるかなと。

そうだとすれば、代わりに、本人の周りの方々に「どうしたらいいかが分かっていても、どうすることもできないこともある」ということを伝えたいです。家にこもっていることも本人が選んだことなのだから、いつか時がきて自分の意思で外に出られるようになるまで、そっと見守ってあげてください。そしてもし可能であれば、できるだけ近くで、たくさん話を聞いてあげてほしいと思います。

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この記事を書いた人
菅野 智佐 株式会社リヴァ 2018年度入社

1996年福島県生まれ。山形大学を卒業後、新卒社員としてリヴァへ入社。「リヴァと関わったことで、自分らしい生き方について考えられた」という人を増やしたいと、リヴァマガの運営管理に携わっている。

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