ご縁のあった下北山村で自分らしく生きるためのインフラをつくりたい。「ムラカラ」リーダー・森田沙耶インタビュ―

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ご縁のあった下北山村で自分らしく生きるためのインフラをつくる

自分らしく生きる。

それは言い換えれば、自らの評価を世間や他人に委ねるのではなく、自分自身で決めていくことであり、「幸せとはこういうもの」という社会がつくったイメージではなく、自らの心が感じる豊かさに従って生きていくこと、と言えるかもしれません。

そんな「自分らしく生きる」を後押したいと、LIVAはご縁のあった奈良県・下北山村で宿泊型転地療養サービス「ムラカラ」に取り組んでいます。今回は、事業のこと、スタートのきっかけ、そして現地で森田が感じている可能性などについてお届けします。

下北山村でスタートした
宿泊型転地療養サービス

ご縁のあった下北山村で自分らしく生きるためのインフラをつくる

私たちリヴァは、「自分らしく生きるためのインフラをつくる」をビジョンに掲げ、1人でも多くの人の「自分らしい生き方」を共に探し、「何度でもチャレンジできる仕組み」を提供しようとビジネスを行っています。

2010年に創業し、現在は主に4つの事業を進めています。うつ病の方への再発予防訓練と職場復帰・再就職支援を行う「リヴァトレ」、企業向けに休職者支援を行う「リヴァBiz」、福祉事業者の業務効率化を支援する「LACICRA」、そして2020年月に下北山村でスタートした宿泊型転地療養サービス「ムラカラ」です。

「ムラカラ」では現在、私を含めた3人のスタッフが村へ移住し、事業に取り組んでいます。サービスの対象者はうつ病などの精神疾患で休職・離職されている全国の方々です。

利用者さんは村内のシェアハウスでの共同生活やプロのメンタルケアなどを通じて、健康的な生活習慣と再発予防法を獲得し、対人スキルと問題解決能力を身に付け、多様な価値観に触れる機会を通じて生き方・働き方を再検討していきます。都市部で自宅から通う通所型のサービスではケアしきれない、生活を丸ごと見直す機会を、日々の文脈から切り離した環境の中でつくります。

ご縁のあった下北山村で自分らしく生きるためのインフラをつくる

個人として飛び込んだ
むらコトアカデミー

村を訪ねることになったきっかけは、下北山村と奈良県が共同で企画していた「奈良・下北山むらコトアカデミー」というプログラムに参加したことです。ワークショップや現地研修を通じて、「自分と村がつながる方法」を考えるというのが「むらコト」から提示されたお題でした。

ご縁のあった下北山村で自分らしく生きるためのインフラをつくる

東京で復職や再就職の支援業務をする中で、都市部とは異なる生き方・働き方の提案ができるといいなと考えていた私は、最終回のプレゼンテーションで、「リヴァを通じた利用者の短期宿泊プログラム」を提案をさせていただきました。

ただ正直なところ、この時はプランを発表するために考えた企画だったので、「本当にやるかはさておき」だったんです。でも、県の方も村の方もおもしろがってくださって、数ヶ月後には県と村とリヴァとで三者協定を結ぶことになって、あっという間に実証実験をすることになりました。

 

県や村と協力して
実証実験からスタート

実証実験は、初年度こそ参加者は2名でしたが、2年目の参加者は合計9名。複合スポーツ施設の受付業務や温泉の掃除といった仕事のほか、バーベキューなどを通じて、製材所の経営者やアマゴの養殖をされているおじいさん、ゲストハウスを営む若い移住者のご夫婦など、さまざまな生き方・価値観に触れる機会をつくることができました。

その後、プログラムは「自分自身と向き合う3週間プログラム」に発展。その間も何かと、県や村の方にご協力いただき、個人としても会社としても、力強く背中を押していただきました。

正式リリースを行った2020年11月から現在に至るまで5名の方がサービスを利用してくださっていて、街とは異なる暮らしに豊かさを感じ、村への移住を検討されている方もいます。

また、宿泊棟の掃除や参加者の夕食をつくるお仕事は、地元の方に携わっていただいています。その中で、地域の食文化のことや、この土地での生活の様子について話してくださったり、温かく利用者さんと関わってくださっています。

経営者として感じる 奥大和の魅力と 企業としての可能性

私自身、下北山村に通うようになって4年、暮らしはじめて半年が経ちますが、知り合いが増えて、なんだか大きな家族の一員になったような感覚でいます。

東京では、大半の人が自分の住んでいる地域に誰が住んでいるのかわからないまま暮らしていますよね?会いたい人には会いにいかなければ出会えません。でも、こちらは住んでいる場所に知り合いがたくさんいる。その安心感はすごいです。

ご縁のあった下北山村で自分らしく生きるためのインフラをつくる

当面は事業を軌道に乗せることが目標ですが、ゆくゆくは生産活動をやっていきたいです。畑を借りているのですが、野菜を育てるだけじゃなく、商品にして、販売して、下北山村の発信の一端を担えるようになりたいですね。

その結果、地元の人の新たな雇用につなげたり、「ムラカラ」の対象者ではなくても、生きにくさを抱える人や障がいのある人の居場所をつくったりできたらいいなとも思っています。

※この記事の内容は、奈良県奥大和移住・交流推進室発行の冊子「Okuyamato Planet Office Project」から転載しています。

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akashi_kensuke
この記事を書いた人
赤司研介 SlowCulture代表

編集者・ライター。1981年、熊本県生まれ。2児の父。東京でコピーライターとしてキャリアを積み、2012年に奈良東部へ移住。ご縁のあった農村に根を下ろし、以降、家族と生活を手探りしながら「自然につながる編集と執筆」に取り組む。

奈良を日英バイリンガルで編集するフリーペーパー『naranara』編集長。既にある未来の可能性を実現するNPO「ミラツク」メディアチーム。書くを育む編集ユニット「TreeTree」共同代表。2020年には「なら国際映画祭」の実行委員も務め、組織や活動の言語化からWebサイトや公式カタログの制作など、幅広く関わる。

現在、奥大和の兆しを伝える『Local Life Journal』、泉北と人の縁を結ぶウェブメディア『PORTAL SENBOKU』、奈良・高取町の和になる魅力を発信する『和になる高取』、下北山村の暮らしと関わりを届ける『きなりと』など、複数のローカルメディア編集に携わる。

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