「 “おもろいこと” には自然と力が入る」【イキカタログ ~自分らしい生き方対談~ vol.8 奈良県職員・福野博昭】

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リヴァと奈良県、下北山村の三者で協定を結び、これまで2回実施してきた「イキカタサガシ~奈良県下北山村編~」。今年は第3回目として3週間に及ぶ長期間での実施を予定しています。その実現に向けて尽力してくださったのが、奈良県職員の福野博昭さん(写真右)です。「おもろい!」と思ったことをすぐに実現させるスピード感やプロデュース力は他に類を見ない、まさに「スーパー公務員」。そんな福野さんが県職員として奈良県に関わり続ける理由とは。その原動力について、リヴァ代表の伊藤(同左)が聞きました。

プロフィール 福野博昭(ふくの ひろあき) 奈良県地域振興部次長 南部東部振興・移住交流担当  1960年奈良市生まれ。高校卒業後、奈良県職員に。現在は奈良県の南部と東部に広がる自然の豊かなエリア「奥大和」地域の振興に取り組んでいる。これまで「OFFICE CAMP 東吉野」や「Kobo Trail」「Local Life journal」「えんがわ音楽祭」「美しき日本 奈良」等、様々なプロジェクトを手掛けてきた。

奈良県職員になったのは、
「大学へ行きたかったから」

伊藤:福野さんはどうして奈良県職員になったのですか?

福野:元から県職員になりたかったわけじゃなくて、高校を卒業したら大学に行きたくてな。高校でサッカーをやってたから、いろんな大学から声がかかって、大学の練習試合に出させてもらったりもしてて。そこで会う大学生たちがみんな楽しそうやってん。

伊藤:大学への憧れを持っていたのですね。

福野:でも親は「だめや、働け」って。だから高校3年生の時に、中学からバイトしてた近所の市場で働いて、大学へ行くお金を作るって決めた。そしたら、バイトをしていた方がお金は貯まるし、だんだん高校に行くのがアホらしくなってきて。

伊藤:高校に行かなくなってしまったと。

福野:うん。暇な時間が増えたから毎朝、新聞を端から端まで読んでた。ある日たまたま奈良県職員と奈良県警の募集記事を見つけてん。それで昔、近所の交番の兄ちゃんに「警察官になったらええやん」って言われたのを思い出して。その兄ちゃんに詳しく聞いてみたら、働きながら早退して大学に行ける制度があることを教えてくれて、「県職員も同じ制度あるんちゃうんか?どっちも受けたらええやん」って背中を押された。それが公務員試験を受けたきっかけかな。

伊藤:おお、偶然の出会いだったんですね。

福野:結果、警察も県庁も受かってて。通ってた高校が新設校だったから、初めての県職員試験の合格者で、先生たちに「お前は絶対、奈良県庁に行け」って言われたから県職員を選んだ。でも高校の卒業単位が全然足らへんくて、冬休みは毎日補講やったわ。

伊藤:1年分の授業を詰め込まれたわけですね(笑)。念願の大学生活はどうでした?

福野:家から一番近くて学費が安い大学の夜間に行ったけど、むちゃくちゃ楽しかった。クラブ活動の推薦で入ったやつらが多くて、甲子園沸かしたやつとか、ボクシングの日本チャンピオンとかもいておもろかったし、なにより「大人の仲間入りができた」って思えて、嬉しかったな。

伊藤:良かったですねー!「大学進学」という目的を達成した後も、県職員として働き続けることに迷いはありませんでしたか?

福野:実は、大学を卒業したら公務員を辞めて民間企業に就職しようと思ってた。でも、県職員としての仕事がおもろくて、今日まで続けているなぁ。

「ゴミ拾い」と「トイレ掃除」で
仕事の醍醐味を知った

伊藤:初めの頃はどんな仕事を担当したのですか?

福野:22歳の時に配属になった奈良公園の管理の仕事が印象深いな。奈良公園なんて子どもの時の遊び場やったから別に大した公園だと思ってへんし、仕事内容もトイレ掃除とかゴミ拾いだったから、最初は「左遷やな」と。

伊藤:どうやって面白さを見つけていったのでしょう。

福野:毎週公園の掃除をしてたら、ゴミがあるのは220個ある「ゴミ箱の周り」やってことに気づいて。このゴミ箱なかったらどうなんねやろって、まずは3個勝手に持って帰った。

伊藤:誰にも相談せずに、ですか!?

福野:うん。それで次の週に掃除に行ったら、その周りにゴミがなくて。「おっ。他のも抜いたらどうなんねやろ」って、次は50個、最終的には200個持って帰ってん。

伊藤:200個!ほとんどじゃないですか。大問題になりそうですね(笑)。

福野:公園はどんどん綺麗になったけど、職場は大騒ぎやったわ。当時はインターネットが無いから、「元に戻せ」っていう苦情のハガキとか手紙が段ボール2箱分ぐらい来てたな(笑)。でも、全部「くず鉄」として買い取ってもらってたから戻されへんし・・・。

伊藤:それは大変ですねー。騒動はどうやって収束させたのですか?

福野:テレビ局が突然、取材に来て。「ゴミ箱の撤去は先進的な取組みだ!公園のゴミ箱設置の常識を考え直すきっかけになる」と報道してくれたことで職場での反応も好転して、応援してくれるようになった。その後に関わった、トイレの件も周りに助けてもらったなぁ。

伊藤:トイレ?どんな取り組みですか?

福野:当時、公園のトイレって汚くて、犯罪の危険性もある怖い場所だったから、綺麗にしたら管理も楽やし、気持ちええんちゃうかって。でも、当時はトイレ掃除を委託する仕組みがなかったから、実際に自分たちで掃除をして時間を計ったり、掃除の仕方やトイレの面積、必要なトイレットペーパーの量を見積もって仕様書をつくって、予算を取った。

伊藤:費用はすんなり予算に計上できたのですか?

福野:地方博ブームで下水道が整備されたことも追い風になってたけど、日本トイレ協会ができたり、有名なトイレメーカーが急に応援したりしてくれたことで、予算がもらえた。トイレがどんどんキレイになって、みんなに喜んでもらえたのが嬉しかったな。

伊藤:奈良公園での経験は、現在に繋がる大きな自信になったのですね。

福野:奈良県職員の中で、自分は「あかんやつ」ってレッテルは貼られてたと思うけど、いつも誰かが支えてくれたのがありがたかった。奈良公園から県庁に異動した後も、機械化とか合理化に関する課題は、「とりあえず福野にやらせとけ」みたいな感じやったから、どんどん自分から提案して、予算もつけてもらえるようになっていったんかなぁ。

他人の目や決めごとに縛られず
「当たり前」を疑い続けてきた

伊藤:ゴミ箱の撤去やトイレ掃除の委託は「社会をより良くしたい」という気持ちからの行動だったのでしょうか?

福野:そんな深く考えてないねん。公園もトイレも、汚かったら使う人が嫌だろうし、掃除も面倒くさいからなんとかしようとしただけで。

伊藤:大切な視点ですね。みんなが当たり前にやっていることだと本来の目的を忘れてしまいがちで、「こういうもんか」「周りに合わせなきゃ」と、引き継がれたやり方を踏襲してしまう人も多いと思います。

福野:俺は3つ、4つの頃から、脳みそ進化してないからね(笑)。 「なんでやってるんやろ」「おかしいんちゃうんか」っていつも思ってしまうねんな。

伊藤:ずっと変わらないんですね。福野さんはどんな子どもだったんですか?

福野:がちゃがちゃして落ち着きないし、全然あかんやつやったな。小学校の終わりの会は告げ口の嵐(笑)。「給食の時、福野君は山本君の牛乳飲んでました」とか、「掃除の時ずっと遊んでました」とか。変わってるって言われてたけど、そんなの全然かまへんかったな。

伊藤:あはは、やんちゃですね。

福野:そうやなー。でも周りからどう思われようと、絶対におかんは味方だったから「変だったら変でいい。十人十色だから人と同じにする必要はない」って思えたんちゃうかな。

伊藤:なるほど。そう思えたら無敵ですね。

福野:人に合わせたり、誰かに言われたことをやるのが嫌なのは、小さいころからやってるサッカーの影響もあるかもな。監督とかコーチに教えてもらって身に付いたことってないねん。「こうしたらええ」って自分で気付いたものしか自分のものにならんし、やり方は同じやなくてもええって思ってる。

伊藤:だからこそ、「面白い」と思ったことには自分から飛び込んでいけたのですね。

福野: そうやろな。これからは新しい価値を提供するビジネスもたくさん生まれるやろし、生き方とか働き方も、もっと多様化すると思うねん。その変化の中で言うたら、決め事なんてあってないからな。まずはやってみることが大事やと思う。

同じ想いを持った仲間と
「世の中を変えている実感」を持てる仕事

伊藤:現在は、奈良県の南部・東部の地域振興・移住推進に取り組んでいらっしゃるそうですね。

福野:奈良県の観光は奈良市が中心で、それ以外の地域について誰も取り組んでないし、「俺がやったろ」って思って始めたんやけど、関わるうちに観光以外の課題も気になってきて。産業、医療、福祉とか。だから地域振興と括って、さらに地域を維持するためには移住推進も大事ちゃうかと思って、移住交流も担うようになったな。

伊藤:具体的にはどんな活動をしているんですか?

福野:最近はプロモーションに力を入れてるな。パンフレットを作ったり、駅貼りポスターを契約したり、旅行雑誌「じゃらん」で特集を組んでもらったり、音楽祭やアウトドアブランド「THE NORTH FACE」とのトレイルランニングイベント、ジャカルタでの奥大和の家具や雑貨の展示と、色々やってるけど・・・。

伊藤:プロモーション活動では、どんなことを大切にしていますか?

福野:自分たちが「おもろい」と思って関わることやな。あとは、見え方として「かっこいい」とか「おしゃれ」であることも大事にしてる。制作に関わってる本人たちも「俺な、こんなん関わってんねん」って自慢できて、モチベーションにもなるやろし。

伊藤:なるほど、関わる本人たちの想いを乗せるということは大切ですよね。情報発信について課題を抱えている地域は多いのではないでしょうか。

福野:「いい資源があるのにもったいない見せ方をしているな」と思う地域もあるかな。でも、最近は若い子たちのおかげで良くなってきたと思う。俺らおっちゃん世代が若い子に任せていかなあかんよ。

伊藤:福野さんのいる部署でも若い方々が活躍されているんですか?

福野:うん、若いやつらがむっちゃ頑張ってくれてるな。でも、俺はこんな性格やから、むかつくと「なんやこれ!?」とか「どうなっとんねん!」って怒ってまうねん。言い過ぎて「ごめんな」ってなんねんけど。本当に自分の家族みたいに思ってるからこそ遠慮なく関われるし、同じ想いを持っているのが分かるからこそ、お互い本気になれるんやと思う。

伊藤:同じ想いを持って、「自分ごと」として仕事に向き合える仲間と働くのは楽しいですよね。そんな仲間だからこそ、力を合わせて一人では実現し得なったことにチャレンジしていけますし。

福野:そうやな。実は40歳くらいの時に起業しようと思って、公務員辞めようとしたんや。でもその時、嫁はんに「アホちゃうか?あんたは一人ではなんもできんし、いままでいろんな人を巻き込んできたんだから、定年までは他のこと考えんと、目の前のことを思いっきりやらな」って言われて、ハッとしたことがあったなぁ。

伊藤:そんな転機があったのですね。福野さんは心からいまの仕事を楽しんでいるのが伝わってきます。だからその熱量に惹かれて、仲間が増えているんじゃないかなと。

福野:この仕事がほんまに面白いからね。小さなことかもしれないけど「自分が歴史を作る」とか「世の中を変えてる」って実感を持てる。だから、どんどん新しいことをやりたくなるんちゃうかな。

伊藤:福野さんは自分の気持ちにも、周りの人への関わり方もオープンで、自分らしい生き方をまっとうしているように見えます。リヴァでは「自分らしく生きるためのインフラをつくる」というビジョンの実現を目指しているのですが、福野さんからも自分らしく生きるためのアドバイスをもらえませんか。

福野:「ぼちぼちやったらええんちゃうん?」って思うな。関西では「最近どうなん?」って聞くとみんな「ぼちぼちでんな~」って言うねん。頑張りすぎず、だからといって何にもしないわけではない感じかな。

伊藤:「ぼちぼち」という言葉が福野さんから聞けるのは意外ですね。いつも全力投球のイメージだったので。

福野:いや、俺も「これやったろ!」って張り切ってやってきたわけじゃないしね。おもろいことだから勝手に力が入るだけで。おもろくないこともあるし、がちゃがちゃ言ってくる人とかもいるけど、「嫌や」とは思わずに「ぼちぼちやろ」とか、「みんな自分と同じわけないからな~」くらいに考えられれば楽になるんちゃうかな。

伊藤:確かに全てを真正面で受け止めていると、しんどくなってしまいますよね。だからこそ、「ここぞ」という時に踏み出せるかどうかが鍵になりますね。

福野:「おもろいこと」には自然と力が入るはずやから。24歳から続けてるサーフィンと似てるかもな。天気とか、場所によって状況はいつも違うし、ごっつい命が懸かってるスポーツで、でっかい波に挑戦するようになると、死にそうにもなる。でも、上手く波に乗れた経験が重なると、アドレナリンが出てチャレンジを止められなくなんねんな。あと、かさぶたを剝がす感覚にも似てるな。剝がすまではドキドキするけど、好奇心で止められないような。ちょっと失敗して、血出ても嬉しかったりするしね(笑)。

伊藤:面白い例えですね(笑)。お話を通じて、福野さんが県職員として奈良県に関わり続ける理由を知ることができ、私もパワーをもらいました。本日はどうもありがとうございました!

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この記事を書いた人
菅野 智佐 株式会社リヴァ 2018年度入社

1996年福島県生まれ。山形大学を卒業後、新卒社員としてリヴァへ入社。「リヴァと関わったことで、自分らしい生き方について考えられた」という人を増やしたいと、リヴァマガの運営管理に携わっている。

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