学生と社会人のギャップに苦しんだ新卒1年目。休職とリワークで学んだ「自分に合った頑張り方」 ー 20代女性・うつ体験談【メンタル不調からのリライフストーリー】

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学生時代からコツコツと努力をし、新卒で第一志望の会社に入社した小野さん。しかし、目に見える成果が得られづらい新入社員の仕事に「会社に貢献できている手応え」を感じられず、入社1年目の秋にうつ状態と診断され休職することになりました。

休職中には、「このまま戻っても同じことの繰り返しになる」とリワーク施設に通うことを決意。完璧主義や自分を縛る思い込みを手放し、人の多面性や「柔軟な頑張り方」に気づいていきました。

復職して1年3ヶ月が経った現在、強みを活かしながら「自分らしく働けている」と話す小野さんに、疾病と向き合ってきたこれまでの道のりと、肩の力を抜いて心地よく働くための考え方についてお話を伺いました。

会社に貢献できている手応えがない。
学生と社会人のギャップに悩んだ1年目

学生時代を一言でいうと、根っからの「真面目人間」でした。夏休みの宿題は初日に一気に終わらせ、テストは2週間前から計画的に勉強を進めて、前日は早く寝るタイプ。

コツコツ努力を積み重ねて成果を出してきた自負もあり、高校時代には恩師に「私はどんな場所にいても輝けます」と言っていたほどでした。

就職活動では、学生にも対等で建設的な話し合いの機会を与えてくれる社風に惹かれ、希望していた会社に入社することができました。

憧れの会社に貢献できること自体が嬉しく、希望を持って社会人生活をスタートさせたのですが、現実はそう甘くなくて。

努力すれば結果が出た学生時代の勉強とは違い、新入社員の仕事は目に見える成果や成長が分かりづらいものばかり。「自分が会社に貢献できている」という手応えを全く得られない日々が続きました。

職場の先輩たちはみんな優しくて、面談で「できているよ」と褒めてくれても、当時の私は「何を見てそう言っているんだろう?根拠は何?」と素直に受け止めることができません。

配属先には同期がおらず、就職を機に一人暮らしを始めたこともあって、悩みを誰かに吐き出せなかったのも苦しかったです。

やがて身体に異変が現れ、最初は「生理周期のせいかもしれない」と婦人科を受診していたのですが、一向に良くならず。「貢献できていない自分」に焦り、これ以上迷惑をかけまいと出社し続けていたものの、急に涙があふれてしまう日が増えていきました

さらに気づかないうちに、プライベートでも自分を強く縛るようになっていて。「エスカレーターではなく階段を使う」「お店で出されたお水は残さず飲む」「ご飯は残さない」。

仕事で貢献感を得られない焦りから自分に厳しいルールを課し、それを守ることでなんとか安心感を得ようとしていたのだと思います。

決定打となったのは、入社1年目の秋でした。追い詰められた頭で自分を傷つける計画を立て、具体的に準備の買い物まで行ってしまった瞬間、「これは命に関わる、本当に危ない状態だ」と我に返り、病院へ行くことを決めました。

心療内科を受診して薬を処方してもらい、服薬しながら出社を続けましたが、状況は変わりません。最終的に社内の相談窓口に相談したことで休職を勧められ、医師から告げられた診断名は「うつ状態」。3ヶ月の休職期間に入ることが決まりました。

「このまま戻っても同じことの繰り返し」
自分を変えたいと、リワーク利用を決意

当時は、自分がどんな状態なのか分からなくなっていたので、客観的な診断名がつき、「休んでください」と言われたことで、一気に肩の荷が下りた感覚でした。

仕事を休むことへの不安はあまりなく、まるで熱が出て学校を休んだ日のような「ラッキー」という感覚すらあって。

「今のままで働き続けるのは無理があるだろうから、3ヶ月くらいで復帰できれば大丈夫だろう」と考えていたんです。

最初の1〜2ヶ月は、学生時代にコロナ禍で会えなかった全国の友人や恩師を訪ねて回ったり、自宅で12時間以上眠ったりしながら過ごしました。

ですが、自分で復帰の目安にしていた3ヶ月が近づいてくると、「早く戻らなければ」という焦りや、「休んでいる間にも同期はどんどん仕事ができるようになっているんだろうな」という比較の気持ちが湧いてきて。

そんな時、会社から「まだキャリアも浅いですし、このタイミングで色々な方と関わって経験を積むのも良いと思います」と、リワーク施設の利用を勧められました。アドバイスを受けて、「確かに、ただ休むだけでは一時的な『延命』にしかならなくて、このまま会社に戻ればまた同じ結果になるな」と感じて。

「〜すべき」「白黒思考」「完璧主義」というガチガチになった自分の考え方をほぐして、もっと楽になりたい。「自分を変えたい」という思いから、リワークに通うことを決めました。

そして、いくつかの施設を見学する中で選んだのが『リヴァトレ』でした。年代の異なる多様な人が通っていてプログラムが豊富なこと、そしてスタッフの皆さんが利用者と対等な関係で接してくれるところに惹かれ、利用を決めました。

他人の多面性を知ることで、
自分を許せるようになった

リヴァトレで過ごした期間の中で、固まっていた私の思考が少しずつほぐれていきました。特に役立ったのが「行動実験」という、実験的に普段と違う小さな行動をとってみる考え方です。

リヴァトレという安心できる環境で、あえていつもの自分とは違う行動を試してみます。たとえばプログラム中の話し合いで、誰も手を挙げないとつい空気を読んで自分から手を挙げてしまうのですが、そこをあえてグッと我慢して様子を見てみる。

実際にやってみると、恐れていたような悪いことは何も起きず、「あ、無理に自分がやらなくても大丈夫なんだ」と実感できて、「こうしなきゃ」という気持ちがまた一つゆるんでいく感覚でした。

また、定期的な面談で「なりたい状態」を設定し、そこから逆算して日々のアクションを決めていく方法も、コツコツ努力したい自分の性格にすごく合っていました。どこか曖昧だった復帰への道のりが具体的になり、毎日ゴールに近づいている感覚が得られたことが本当に嬉しかったです。

世代もバックグラウンドも異なるさまざまな利用者さんと関わる中で、人の「多面性」に気づけたことも大きな収穫でした。

ある面ではすごく優秀で輝いて見える人でも、別の面では苦手なことがあったりする。他人の多面性を知ったことで、自分自身の多面性も認められるようになったんです。

「いまこの場面では貢献できなくても、別の場面で役に立てればそれでいいんだ」と思えるようになり、人と自分を過剰に比較して落ち込むことが減りました。これなら職場に戻ってからも、お互いに協力し合ってやっていけそうだと、どっしり構えられるようになった感覚があります。

私はもともと絵を描くのが好きなのですが、以前の自分は、せっかく広い画用紙があるのに「端っこに小さく描かなきゃいけない」と、無意識に自分を枠の中に縛り付けているような状態でした。

でも、リヴァトレでの体験を経て、「大きな画用紙を目一杯使って、好きなように描いていいんだ」と、自分自身を解放してあげられたような気持ちで、リヴァトレを退所することができました。

自分の強みを活かして、いまは
「自分らしく会社に貢献できている」

復職するかどうかは、まったく迷わなかったです。一番入りたかった会社でしたし、休職に至った理由は自分の考え方の癖にあると思っていたので、「自分が変われたのだから、今度はきっとやっていける」と思っていました。

ただ、いざ復職してみると、最初は配慮で業務量が少なく設定されていたこともあり、「やっぱり役に立っていないのではないか」という焦りはありました。

さらに復職直後の部署は、マニュアルや議事録といった「いつでも振り返れる正しい資料」が少なく、暗黙の了解で仕事が進む環境でした。「正解」を求めてしまいがちな私にとっては、「自分の理解ややり方が正しいのだろうか」と不安が大きかったんです。

それでも、「今は分からなくても、経験を積めばそのうち分かるようになる。命に関わるわけじゃないから大丈夫」と、モヤモヤした不安を一旦脇に置いておけるようになっていたのは、大きな変化でした。

そんな中、部署の異動があったことが一つの転機になります。新しく配属された部署は、マニュアルや議事録、スケジュールが明確に体系化されている環境でした。分からないことがあってもいつでもマニュアルに戻って確認できる安心感があり、私の特性にすごくフィットしていたんですよね。

周囲を見渡してみると、体調に合わせて「今日は休みます」と素直に休む先輩たちも結構いました。以前の私なら「休むなんて絶対ダメ」と思い込んでいたはずですが、「仕事に支障が出なければ休んでもいいんだ」と捉えられるようになり、自分も無理をせず体調を優先して休めるようになりました。

復職して1年3ヶ月が経った今、任せてもらえる仕事も増え、コツコツ物事を進める自分の強みを活かしながら、「自分らしく会社に貢献できている」という手応えを感じて働けています

遠回りしても、途中で休んでもいい。
自然体の自分で、前へ進めるように

私にとって休職期間は、「幼虫がサナギになって、蝶になる準備をする時間」のようなものでした。幼虫のまま「空を飛べ」と言われても無理があったけれど、あのサナギの期間があったからこそ、自分らしく飛べるようになったと感じています。

休職中にやってよかったのは、いろんな可能性を知って視野を広げること、自分に優しくすること、そして「答えは一つじゃなくていいんだ」と気づけたことでした。

あとは、復職を経て、仕事に対する「頑張り方」そのものが変わりました。 以前の私は「この道しかない」と思い込んでいて、途中に大きな岩があると「どうしよう、進めない」と一人でパニックになっていた。

でも今は、「目的地がそこなら、途中でちょっと休憩したり、みんなと話しながら別のルートを行ってもいいよね」と思えるようになったんです。

ガチガチに肩肘を張るのではなく、自然体の自分でいる方が前に進みやすい。柔軟に行動できるようになったことで、仕事もずっとやりやすくなりました。

だからこそ今は、ぼーっと過ごす時間や「何もしなくていい余白」を意識して作るようにしています。電車の中でぼんやり外を眺めたり、ふと思ったことをノートに書き留めたり。そんな心に余裕を持てる瞬間が、自分らしく働き続けるための原動力になっています。

今の自分のままで、無理をせず自分のペースで歩んでいく。それが、試行錯誤の末に見つけた私にとって心地いい働き方です。

今、不調と向き合っている皆さんへ

学生時代と社会人とのギャップに悩んでいたり、診断を受けて自分を責めてしまっている方に伝えたいのは、「振り返ったときに必ず分かる時が来るから、つらい中でも一緒に生き延びよう」ということです。

渦中にいる時は本当に辛くて苦しいと思います。どんな方法でもいいから、少しでも自分が楽になる選択をして、どうか生きていてほしい。

少し時間が経ってから過去を振り返った時に初めて、「あの時はこうだったんだな」と分かるはずです。だからそれまで焦らず、お互いゆるりとやっていきましょう。

この文章を読んで、すぐに心がスッと楽になるのは難しいかもしれません。それでも、何か一つでも言葉が残って、いつか「そういうことだったのかな」と思ってもらえたら、すごく嬉しいです。

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この記事を書いた人
菅野 智佐 株式会社リヴァ 2018年度入社

1996年福島県生まれ。山形大学を卒業後、18卒として(株)リヴァへ入社。ラシクラ事業部・新卒採用の責任者を兼任しながら、新規事業「あそびの大学」の立ち上げに至る。自分らしいと感じる瞬間は「物事の背景を探求している時」。趣味は、DIYと金継ぎ。

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