今回ご紹介するのは、「結果が出るまで、マシンのように動く」と、がむしゃらに働いていたさなか、適応障害の診断を受け、40代での休職を経験した本田さんの体験談です。
「絶対に倒れるわけにはいかない」。その一心で周囲の期待や育児の責任に応えようと無理を重ねていた本田さん。しかし、休職期間を経て自分を見つめ直したことで、「100点の評価を得なければ」という承認欲求を少しずつ手放していきました。
「休職期間は、人を守り、人を育てるためのマネジメント知見を得られた大切な再成長期だった」。
そう語る本人が、他者からの評価に縛られるのをやめ、痛みや弱さに寄り添う「攻めと守り」のリーダー像を見つけるまでの軌跡を伺いました。
目次
「結果が出るまで、マシンのように動く」
自分に言い聞かせ、がむしゃらに働いた日々
私のこれまでのキャリアを振り返ると、「自分をいかに追い込み、成果を出すか」を最優先してきたように思います。
新卒で入ったメーカーの営業職時代、何かとうまくいかないと頭を抱えてしまう性格を変えたくて、自分にあるルールを課しました。
「終わったことを1秒でも悩むのは無駄だ。やる気や自信なんて関係ない。結果が出るまでマシンのように動こう」と。
もともと頑張るのが好きだったことも相まって、がむしゃらに行動した結果、社内でトップクラスの成績を収めるまでに至ります。
仕事終わりには、週に3日ほど飲みに行くなど、充実した日々を過ごしていました。
30代で結婚し、貿易会社へ転職してからも、周囲からは「タフで仕事ができる人」と思われていたでしょうし、私自身にもその自負がありました。
ただ、休むことなく走り続け、40代に差し掛かった私の身体は悲鳴を上げはじめたのです。
きっかけは喘息でした。子どもの頃以来となる激しい咳で夜も眠れず、睡眠時間は連日4時間ほどに。電車に乗ることも人前で話すこともつらくなり、受診先で告げられたのは「ストレスによる自律神経の乱れ」という診断。思い当たる節は、十分にありました。
当時担当していたのは、世界中にある約50の拠点から細かな経費データを集める業務。本来は前任者2人で担当していた仕事を、1人で抱え込んでいたのです。
上司の独断で進められているため周囲からの不満も多く、自分でも価値を見出せない。板挟みの状態で続けなければならない環境は、大きな負担でした。
さらに家には2人の子どもがおり、休日も家事や育児で休める時間はありません。「下の子が小学校に上がるまでは、絶対に倒れるわけにはいかない」という強迫観念のような決意が、自分をさらに追い詰めてしまったと思います。
咳は悪化する一方で職場での目も気になり、上司に相談したものの聞き入れてもらえません。産業医を介してようやく在宅勤務になりましたが、画面越しのコミュニケーションは思うようにいかず、焦りばかりが募っていきました。
「これは、もうまずいかもしれない。」 限界を悟り、医療機関を受診したところ、医師から告げられたのは「抑うつ状態、ないし適応障害」という診断でした。
「早く戻りたいのに、遠回りをするのか」
産業医から勧められた、リワークという選択肢
診断を受けてなお、「それでも仕事を続けたい」という思いが頭をよぎりました。
しかし同時に、「ここで引き返さなければ、二度と働けない身体になってしまうかもしれない」という怖さも。
幸い、同じ部署にかつて1年の休職を経て復職した同僚がいたため、「少し休めば、またやり直せるはずだ」と思えたことも、休職する決断を後押ししてくれました。
最初の1ヶ月は、極限まで活動量を落としました。仕事のことは考えないように、YouTubeで動画をぼーっと眺めたり、頭を使わずに読める本をパラパラとめくったりする毎日。
仕事は休みになっても育児に休みはありませんでしたが、子どもの保育園の送り迎えという朝夕のルーティンがあったことは、生活リズムを守るうえで、結果的に救いとなりました。
半年が過ぎた頃、ようやく「もう一度働きたい」という前向きな意欲が湧いてきます。月に1回面談をしていた産業医に復職の意思を伝えたものの、返ってきたのは予期せぬアドバイスでした。
「リワーク施設で、最低3ヶ月はトレーニングを積んでから戻るのがいいよ。」
早く仕事に戻りたかった私にとって、「また遠回りをするのか」と、しんどく感じたのが正直なところでした。
促されるままに自宅や職場の周辺で探してみると、リワーク施設が数多く存在することに驚かされます。
クリニック併設の施設、会社が提携している機関、そしてリヴァトレに見学に行きました。
最終的な決め手となったのは、施設の「雰囲気」です。働く意欲を取り戻すうえで、リヴァトレの持つ明るい空気と、スタッフの方々のフレンドリーさが魅力的に映り、利用を決めました。
リヴァトレのイメージ
他人の評価は背負わない
承認欲求を手放すまでの気づきとは
リヴァトレは、「早く職場に戻って、頑張らなければ」と焦っていた私の仕事への価値観を、少しずつほぐしてくれました。
一番の財産となったのは、自分のストレス対処法を可視化する「コーピングシート」の作成です。それまで「ストレス発散=友達と飲みに行く」くらいしか思いつかなかったのですが、丁寧に挙げていくと、最終的に150行もの膨大なリストになりました。
人と話す外向的な時間だけでなく、1人でYouTubeで動画をぼーっと眺めて頭を休ませているときもリフレッシュできている。
自分の状態に合わせたセルフケアを学び、エネルギーの貯め方を「技術」として習得できたのです。
また、集団認知行動療法(CBGT)のプログラムを通じて、自分の思考の癖にも気づかされました。
私は昔から、仕事で常に「最悪のシナリオ」を想定し、先手を打つことで安心するタイプ。
けれど、客観的に反証する力をつけたことで、「最悪のシナリオが起こる確率はそれほど高くないから、そこまで不安になる必要はない」と、自分を追い込んでいた考え方を緩められるようになりました。
さらに、『嫌われる勇気』という本を通じて、アドラー心理学の「課題の分離」という考え方に出会ったことも、自分を見つめ直す契機になりました。
「自分が最善を尽くすこと」は自分の課題ですが、「それを周囲がどう評価するか」は他人の課題である。私はこれまで、無意識に他人の課題まで背負い込み、「100点の評価を得なければ」という承認欲求に縛られていたのだと気づいたのです。
振り返れば、社会人1-2年目のがむしゃらに働いていた時期は、知らず知らずのうちにこの課題の分離ができていたのでしょう。当時は他人の評価を気にせず、ただ目の前のことだけに集中できていました。
「仕事はゲーム感覚でいた方がうまくいくかもしれない」。そう思い直すようになってからは、リヴァトレの中で小さな「実験」を重ねていきました。
「思ったことはまず伝えてみる」「嫌だと思ったら断ってみる」。実際に試してみると、自分が恐れていたほど最悪の状況にはならないものだな、と思えるようになっていったのです。
そして、リヴァトレで得たもう一つの大きな財産が、同じような境遇を持つ「仲間」の存在でした。
会社の同僚にはどこかライバル心や体裁があって言えないこと、家族には心配をかけたくなくて伏せてしまう本音。それらをすべて腹を割って話せる相手ができたことは、救いとなりました。
「卒業してからも、この繋がりはきっと自分を支えてくれる」。利用中にそう直感した通り、彼らは復職した今でも、辛いときに何でも相談し合えるかけがえのない存在です。
こうして、自分を乗りこなす技術と心強い仲間を見つけ、休職から1年半ほどが経過。私はリヴァトレを卒業し、いよいよ復職の日を迎えることになりました。
仕事の「攻め」と「守り」の境界線
限界を知り、辿り着いたリーダー像
復職直前の2ヶ月ほどは、正直なところ「来るな、来るな」と祈るくらい、強い不安と対峙していました。
「自分の名前をみんな覚えているだろうか」「どんな顔をして挨拶すればいいんだろう」。
募る不安はリヴァトレで学んだ技術を使って乗り越えました。 「挨拶は一方的な手紙のようなもの。相手が笑顔で受け取ってくれるかどうかは相手の課題。自分はただ、挨拶という自分の課題を遂行するだけだ」と。
そう割り切って朝8時半にデスクに座った復職初日は、驚くほどフラットな状態で終えることができました。もちろん、帰宅した後はクタクタでしたが、一つの峠を越えた実感が湧いたのを覚えています。
復職後の働き方は、以前とは全く違います。現在はコーポレート系の部署で営業をサポートする仕事をしていますが、大切にしているのは「誰を喜ばせたいか」という軸です。
上司の顔色をうかがう承認欲求を手放し、「現場の営業担当者が少しでも仕事がやりやすくなるように」と、仕事を組み立てる。
上司に対しても、「自分はこういうスタイルで実利を優先したい」とあらかじめ説明しているため、余計な摩擦を避け、客観的に仕事を楽しめています。
かつては「一刻も早く結果を」と効率ばかりを追い求めていましたが、「効率を考えすぎると自分も相手も焦らせてしまう。仕事はご縁やタイミングだ」とも思えるようになりました。
今は「3年後、5年後にやろう」とネタ帳にストックしておくような、長丁場の視点を持てるようになっています。
何より大きな変化は、私の中に「攻めのギリギリ」と「守りのギリギリ」という新しいマネジメント哲学が芽生えたことです。
人が本当に成長するのは、少し背伸びをした「攻めのギリギリ」の状態にある時です。しかしその一歩先には、心が折れてしまう「守りのギリギリ」が存在し、この二つは紙一重。
一度、私自身が境界線を超えて、体調を崩した経験があるからこそ、口数が減る、笑顔が消えるといった部下のわずかなサインに気づき、「今は守りに入るべきだ」とブレーキをかけてあげられる。
あるいは、休職を経験して復帰したメンバーに優しくなりすぎず、「ここまでは攻めていい」という適切なガイドラインを提示することもできるかもしれない。
休職期間は、「会社に適応できなかった時期」という否定的なものではないと思っていて。
自分の限界を知ったことで、「人を守り、人を育てるための高度なマネジメント知見を得られた、大切な再成長期」だったと、今は確信できています。
人生は長丁場のマラソン
納得できる自分だけの正解を
今、休職・離職中で「自分のキャリアはもう終わりだ」と、焦りや絶望を感じている方に、伝えたいことがあります。
人生は80年、90年と続く長丁場のマラソンのようなもの。たった1年や2年、立ち止まって呼吸を整えたとしても、大局的には何のマイナスにもなりません。焦る必要はまったくないんです。
まずはその日その日、自分が本当にやりたいように過ごしてみてください。淡々と自分のペースで過ごしていれば、また「仕事からエネルギーをもらえる日」は必ずやってきます。
仕事が自分を元気にしてくれる瞬間が、いつか訪れるはずです。その時には、あなたは以前よりもずっと深みのある、誰かの痛みに寄り添える素晴らしいビジネスパーソンになっていることでしょう。
リヴァトレへの問い合わせに迷われている方へ、本田さんからのメッセージ
最初は「なんで自分がこんな場所に行かなきゃいけないんだ」と、罪悪感や不安を抱くかもしれません。
しかし、一歩踏み出せば、そこには自分と同じ境遇で、気持ちを心から分かち合える仲間が待っています。私にとってリヴァトレで出会った仲間は、復職後も家族や会社の同僚には言えない本音を腹を割って話せる、かけがえのない存在になりました。
孤独感から脱却し、自分がどういうことに喜び、生き生きできるのかという「自分自身」を深く知るための期間として、ぜひゆったりとした気持ちで利用してみてほしいと思います。
人生に正解は一つではありません。自分が「納得」できれば、それがあなたにとっての正解なのですから。
ライター:早川さん 編集:菅野【メンタル不調の当事者向け】
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ただ「戻る」のではなく、「働き方・生き方を見つめ直し、納得感をもって一歩踏み出していただく支援」を大切にしています。
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