産業医・五十嵐侑先生に聞く「コロナ禍におけるメンタル不調者の傾向と対応のポイント」

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杜の都・仙台出身で「若手産業医のホープ」といわれる五十嵐侑先生。産業医として産業保健職のネットワーク作りやSNS等での発信活動にも力を入れていらっしゃいます。今回は五十嵐先生に、コロナ渦におけるメンタル不調者の傾向や、産業保健スタッフとして休職からの復職に関わる上でのポイント等を、リヴァトレ事業部・東北地区事業責任者の吉田淳史が聞きました。

五十嵐侑先生

宮城県仙台市出身。産業医科大卒・東北大学大学院修了。産業医学の研究をしながら、製造業の企業等で産業医として勤務されている。産業保健職の学び・つながりの場のコミュニティ形成や、勉強会・研修会への積極的な関与など、産業保健職のエンパワーメントにも取り組まれている。2020年からは仙台と東京の2拠点で活動中。2022年2月25日に著書『ガチ産業医presents産業医のピットフォール』(中外医学社)を出版。

東京と仙台、両都市のコロナ禍による働き方の変化は?

吉田:五十嵐先生とは、2018年リヴァトレ仙台立ち上げ前の出張の際に初めてお会いしました。その後も、五十嵐先生主催の産業保健に関する勉強会などでご一緒させていただいています。2020年から五十嵐先生は宮城だけでなく東京や、オンラインを活用して全国的にも産業保健のネットワークを構築されていますね!先生が、仙台以外にも活動を広げられている理由は?

五十嵐:活動の幅を広げて、いろんな景色を見てみたかったんです。東京と仙台では見える景色が全然違うので、行ってよかったなと思います。

吉田:メンタル不調の方々を巡る状況は、コロナ禍によって変化しましたか?

五十嵐:そうですね、コロナ禍による影響も、ものすごく地域差がある気がしています。東京・首都圏の大企業などではテレワークが積極的に導入され、満員電車での通勤が無くなったという人がたくさんいます。一方で仙台のような地方だと、完全なテレワークを導入する会社はあまりなく、リアルで会えるんだけど「ランチや飲み会などの場でのインフォーマルな会話の頻度が減った」「集合研修会が減った」など、会社のイベントができなくなっています。

コロナ禍によりストレスが軽減されている傾向もあるのではないでしょうか。通勤しなくてよくなったことで、ワークライフバランスの確保ができているとか、余計な人間関係に煩わされなくなったとか、むしろ利益を享受している人の方が多数派だと思いますね。

ただ、新入社員や中途採用された人、異動になったばかりの人など、まだ組織内で人間関係が構築できていない人というのは、在宅勤務ではうまくやりとりできなくて、不調に陥りやすい傾向があります。こうした状況について、僕は「在宅勤務強者と在宅勤務弱者がいる」といっています。テレワークによって「会えない、横のつながりができない、雑談ができない、相談できない」ということから生じる問題は、あちらこちらで起きていますよね。

在宅勤務には「強者と弱者がいる」

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吉田:テレワークの普及が進む中、管理職がチームをマネジメントしていく上で、特に気を付けるべき点はありますか?

五十嵐:コロナ禍の“在宅勤務格差”がある状況下では、他者理解・共感というのが大事なんじゃないかと思います。

「在宅勤務」と一口に言っても、まずそれぞれの家の環境の違いがあることを理解しないといけないですね。例えば、管理職の皆さんは比較的いい家に住んでいて、書斎がある。それに対して部下は、通勤には便利なワンルームマンションを借りて住んでいて、これまで家に帰って寝るだけだったので、書斎はおろか、作業に向いた机も椅子もない。長時間小さい机と簡易な椅子で肩をすくめて、パソコンに向かって猫背になって作業をしていたら、腰や肩も痛くなります。そして、気分も落ち込んでメンタルにも影響してきます。作業効率も落ちてしまう。環境の違いによって、かなり仕事のしやすさは違うんです。

吉田:なるほど。環境が影響してくるんですね。

五十嵐:そして在宅勤務だと「オンとオフの境界が曖昧になる」というのは以前から言われていますが、ワンルームの方が圧倒的にオンとオフが混ざりやすい。書斎で仕事をして、終わったら家族が待っているリビングに行って食事して、みたいなパターンでは、物理的に切り分けしやすいんですよね。ちゃんと仕事モードになる。

そうした時に、管理職の人は、部下のワンルームマンションから見える景色を想像しなきゃいけない。それが欠けてて、「在宅勤務ってこうでしょ」って、自分の見える景色でものを語ってしまうと、そこに齟齬が生じるというか、「あの人わかってくれないな」っていう話になってくる。共感的姿勢がないと結構厳しいです。

吉田:相手が見ている景色を理解しないといけないわけですね。

五十嵐:また立場による違いもあります。管理職は、会社での今までの実績があるので、仕事のやり方も分かっている。ノウハウを持っていて、自分がどうしたらどうなるのか分かる。どちらかというとマネジメントする側だから仕事を振ればいい。自分の手を動かさなくていい。つまり、テレワークに向いているんです。それに対して、管理職に相談する立場である部下は、テレワークでの相談しづらさの問題を抱えてしまいやすい。そういった違いも理解しておく必要があります。

吉田:先ほどの話を踏まえると、テレワークでは新入社員とか、異動したての方とか、そういった方がメンタル不調になりやすいということですよね。そういった方への対応として気を付けるべきことは?

五十嵐:個人的には、最初からテレワークで働くのは難しいと思っています。せめて2週間くらいは対面でのコミュニケーションで最低限の信頼関係を築く期間を設けておいて、テレワークに移るという方が、その後の仕事を進める上でもプラスになるのではないかと思います。そういった配慮も他者理解・共感ってことが当てはまると思うんです。基本的にテレワークを導入している企業であっても、新しい職場で仕事をする人側の希望を聞くという姿勢も必要なのだと思います。

そして、何かを説明する時、今までだと「言わなくても分かるでしょ」というのが通じた場面でも、より丁寧に説明する必要があります。これまでの環境と今の環境が違っているので、自分がコロナ禍前に教わったやり方をそのまま教えてもダメというのもあると思います。

コロナ禍でも「復職基準」の原則は変わらない

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吉田:コロナ禍による職場環境の変化を踏まえて、休職者の職場復帰に関わる上で気を付けていらっしゃることはありますか?

五十嵐:原則はコロナ禍の前と後でも変わっていないと考えています。その人の職務だとか、企業のルール・基準に照らし合わせて復職可能かどうかを判断するということです。会社はあくまでも働く場所なので、中途半端な体調での復職は認めない方がいい。製造業と、営業と、内勤では全然違ってくるから、その人に応じた復職基準っていうのをしっかり明確化して、判断するということです。

ただし、コロナ禍が長期化していて、働き方がテレワークに変わった企業においては、テレワークベースで復職することになる。そうなると、これまでのような「通勤可能」だとか、「出社してフルタイム仕事ができる」という復職基準では対応できなくなっているかもしれない。そのあたりは変化した働き方に応じた復職基準を設けていくことが大事だと思います。

吉田:生活リズムや体力、コミュニケーション等、そういった復職基準は下がっているわけではない?

五十嵐:そうですね、一概に下がっているわけではないのだと思いますね。テレワークで体調を崩した人もいる。その人がまたテレワークしなきゃいけない復職基準となると、その人にとっては「復職のハードルはむしろ上がっている」といえますよね。基準を下げているというよりも、働き方が変わったので、それに応じた変更と言った方がいいかと思います。

吉田:そうするとコロナ渦において、リヴァトレなどリワークでの支援に求められることはありますか?

五十嵐:復職のために求められる心身のコンディションなどが変わるわけですから、企業側とコミュニケーションを取って、その人に適したリワークをしていくというのが必要なのかなと思いますね。

休職をきっかけに「働き方を模索できる場」を広げてほしい

吉田:最後に仙台や宮城、そして東北の中でのリヴァトレに期待する役割を提言いただけると幸いです。

五十嵐:リワークという重要な社会資源をより広げてくれることを期待しています。単に「復職のお手伝い」という機能だけではないと思っています。

復職というのは時に難しくて、失敗して、そこで退職してしまう方もいると思う。そういった場合にも対応できる社会復帰支援機能をリワークは持っていると思うし、そのような社会資源としても広まっていくことは良いことなのかなと思います。
あとは一部すでに取り組まれているところだと思いますけど、都会で疲弊している人も多いので、休職をきっかけにいろんな働き方を提案できるとか、模索できる場になるというのはすごくいいと思うんですよね。

休職して元気になってきたあたりから転職活動を始める方って結構いるんです。私は、そこでいろんな選択が持てるというのはとても良いことだと思う。もともと私がリヴァさんを好きな理由の一つは「自分の職場に戻ることだけが正解じゃない」「働き方の色んな選択肢を持つことが出来る」というところです。

企業がリワークに期待していることは休職者が自社に帰って来ることなので、「おいおい、帰してくれるんじゃないのかよ」みたいな反応はあると思うんですけど(笑)。それでも、ぜひそこはリヴァさんの企業理念としてぜひ貫いてほしいなと思います。

吉田:そうですね。同じ職場に復職するにしても、ご自身でその生き方・働き方が自分らしい形なのだと納得した上で復職してほしいですね。リヴァの理念は、「自分らしく生きるためのインフラをつくる」なんですけど、自分らしくの「自分」って、自分以外の他者との交流や、一見無駄に思えるような体験の中で見えてくることが多いと私は考えています。だからリヴァトレでは、グループワークや対話など、他者との関わりを持つ機会を多くご提供していますし、森林浴や農作業なども体験していただいています。利用者さんが、より多様な価値観や体験や触れられるようなリワークを作って、多くの方に届けていきたいと思います。本日は、ありがとうございました!

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この記事を書いた人
及川 結 株式会社リヴァ リヴァトレ事業部 

森林セラピスト・産業カウンセラー・国家資格キャリアコンサルタント

大学・大学院で森林科学専攻。修了後、医療機関に勤務しながら、森林セラピストとして活動を開始。2019年株式会社リヴァ入社。リヴァトレ仙台立ち上げから、杜の都仙台の森林浴プログラム開発・実践を続けている。

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